技術的準備金 (Technical Provisions)
保険債務に対する3種類の準備金のうちの1つ。ソルベンシーⅡの枠組みにおいて、保険会社は、自社が抱える保険債務を即時的に他の保険会社へ移管することになった場合に支払わなければならない金額の現在価値を技術的準備金として算出する。技術的準備金は最良推計負債とリスクマージンの合計額とするが、保険契約のキャッシュフローが金融商品で複製可能な場合には技術的準備金全体を統一的に計算する。
技術的準備金の算出にあたっては、保険債務をリスク特性が同じリスクグループ、少なくとも定められた商品区分(LOB)ごとに分割する。また、関係するリスクフリーのイールドカーブを用いて時間価値を考慮し、算出方法は保険債務のリスクの性質、大きさ、複雑さに応じて保険数理的で統計的な手法を選択できる。
BEL(最良推計負債 / 最良推定)
BEL(Best Estimate Liability / Best Estimate:最良推計負債 / 最良推定)
QIS5の技術的仕様書(Technical Specifications)では、保険債務の最良推計負債は「時間的価値を考慮した、将来キャッシュフローの確率加重平均」とされている。最良推計負債は技術的準備金を構成する一要素で、保険債務のキャッシュフロー分布の平均を表す。算出にあたっての手法はシミュレーション、決定論的手法、解析的手法から選択でき、保険事故発生のタイミング、頻度、金額、契約者行動などのキャッシュフローの不確実性が考慮される。ゼロ未満の値を許容し、解約返戻金による下限も設けない。
計算の前提は金融市場の情報と整合的な市場関係の前提、社内および社外データを元にした保険関係の前提や契約者行動に関する前提を用い、割引はスワップレートに非流動性プレミアムを乗せたイールドカーブによって行う。保険債務に埋め込まれたオプションや保証については、市場整合的な価値評価を行い、本源価値と時間価値の合計とする。
リスクマージン (Risk Margin)
リスクマージンは技術的準備金の一部で、その会社の保険契約を引き継ぐために必要になると考えられる金額が技術的準備金の額と等しくなるようにするためのもの。保険契約による義務を将来に渡って果たすために必要となるSCRと等しい適格資本を準備するためのコストとして計算される。この適格資本を準備するためのコストの決定に用いられるレートは資本コスト率と呼ばれ、QIS5では6%に設定されている。
リスクマージンは、将来の年単位の各期間でのSCRの資本コスト(SCR×資本コスト率)が、その1年後に発生するとした時の現在価値の合計となる。現在価値算出に用いるリスクフリーレートは、非流動性プレミアムを含まない。また、このリスクマージンの計算方法は、保険会社のSCRの水準に拠らず適用される。
SCR (所要ソルベンシー資本)
SCR(Solvency Capital Requirement:所要ソルベンシー資本)
保険債務に対する3種類の準備金のうちの1つで、債務の履行を保証するために要求される準備金(資本)のこと。保険者が重大な予期せぬ損失を吸収することを可能とし、保険契約者に保険金支払いがなされるという信頼を与える資本水準を示す。SCRは早期警戒指標の役割、すなわち保険者の健全性を保全し、その水準によって監督機関に警告などの行動をとらせるという役割を持つ。
SCR算出にあたっては、まず保険者が抱える各種のリスクに対する必要資本(ショックシナリオがNAVに与える影響額)を個別に計算し、それらを統合したのちに一定の調整を加える。これは、技術的仕様書(Technical Specification)で定める標準フォーミュラにより計算するか、または全体的もしくは部分的に会社の内部モデルを使用して計算する。
また、リスクの性質、規模、複雑さによっては簡便法を用いることも許容される。この標準フォーミュラについては、技術的仕様書(Technical Specification)に詳細な計算方法が与えられている。それによると、まず保険者が抱えるリスクを市場リスク、債務不履行リスク、生命保険リスク、損害保険リスク、健康保険リスク、無形固定資産リスクの6つに分け、個別に所要資本を測定する。個別の所要資本をお互いの相関を考慮して一定の数式によって足し合わせたものに、契約者配当や繰延税金資産による損失吸収効果の調整とオペレーショナルリスクに対する所要資本を加える。
SCRを充足するのに十分な利用可能原資を維持することができない場合には直ちに監督当局に通知する必要があり、また、SCRの充足を回復できることを示す回復計画を提出することが要求される。
NAV (純資産価値)
NAV (Net Asset Value: 純資産価値)
資産から負債を除いたもの。QISの所要資本計算においては、原則として1契約ごとに算出するが、合理的な保険数理手法で代替することも可能である。負債計算には劣後債を含めないこととなっている。
MCR (所要最小資本)
MCR(Minimum Capital Requirement: 所要最小資本)
保険債務に対する3種類の準備金のうちの1つで、最終通告としての役割を果たし、この水準を下回ると監督機関によって認可が取り消される場合もある。
MCRを充足するのに十分な自己の利用可能原資を維持することができない場合には、直ちに監督当局に通知する必要があり、また、3カ月以内にMCRの充足を回復できることを示す回復計画を、1カ月以内に提出することが要求される。適切な計画を提出できない場合には、認可が取り消される結果となる。
MCRの計算は、以下の線形フォーミュラ(Linear Formula)によって求められる金額を基礎とし、SCRの25%を下限、45%を上限として算出する。さらに保険会社の性質によって決まる一定金額の下限が設定されている。
<MCRの線形フォーミュラ> 保険契約の種類や性質ごとに設定された係数を、当該区分の契約に係る技術的準備金に乗じた金額の合計を基礎として計算する。損害保険やその再保険の場合は保険種類ごとに設定された係数を、当該区分の契約に係る計上保険料に乗じた金額の合計を下限とし、生命保険やその再保険の場合は上述の基礎とする金額にCAR(Capital at Risk、キャピタル・アット・リスク)を加えるなどして算出する。
CAR (キャピタル・アット・リスク)
CAR(Capital at Risk: キャピタル・アット・リスク)
生命保険会社のMCRの算出の際、一定の係数をかけてMCRの一部を構成する。各契約について、契約者に死亡や障害が起きた場合の経済的負荷の合計を表す。
この経済的負荷は、該当する場合に支払われる一時金や年金の現在価値から、リスクマージンを含まない技術的準備金と、契約者の死亡や障害によって直接起こる再保険の支払いの増加額を差し引いた金額として計算される。原則としてこの計算は1契約ごとに行われるべきだが、最良推定の計算と整合性があり、合理的で保険数理的な手法や近似であれば適用しても良い。
プロポーショナリティの原則 (Proportionality Principle)
リスクの性質、規模、複雑さに応じて、保険数理的・統計的手法を選択できるという考え方のこと。例えば、技術的準備金の各リスク種類の計算方法においてリスクの性質、規模、複雑さに応じて簡便法を選択できるということ。
コピュラ (Copula)
複数のリスクを統合した確率分布を推定するための技法の1つ。同様の目的に用いられる技法では相関マトリックスによる分布の合成があるが、これは多変量正規分布にのみ適用可能なものである。保険会社が抱える各種のリスクのように様々な分布形が想定される場合はリスク間の相関構造を組み込むコピュラを用いる必要がある。
定義としてはn次元の[0, 1]区間(n次元単位立方体)上の多次元分布関数で、周辺分布が全て[0, 1]上の一様分布となっているもののことである。Sklarの定理から、n次元分布関数で表される統合リスクを、その周辺分布関数で表される個々のリスクに分解し、その相関関係をコピュラで表現することが可能となっている。