投資銀行業界の現状
企業の合併・買収(M&A)はますます盛んになりつつあります。これまではファンドが主導してきたM&Aですが、最近はファンドによるM&Aは一息つき、代わって事業会社によるM&Aが増加しています。
アビームM&Aコンサルティングの調査によると、過去10年間、M&Aにより企業価値は平均して16%増加し、利益額も35%増加しています。M&Aが企業の戦略として広く認められ、実際に効果的に活用されるようになってきたといえるでしょう。そうしたM&Aを主導するのが投資銀行です。投資銀行は外資系、日本系ともに活発な活動を見せています。
外資系投資銀行は邦銀に比べてスタッフ数が少なく、日本でのネットワークも地域に 密着している邦銀ほどではありません。さらに、外資系投資銀行はROI(投資収益率) に対する厳しい基準があります。
こうした性質は、外資系投資銀行の手がけるM&Aに次のような特徴を生み出します。
第一に、外資系投資銀行が手がける案件は大型で複雑だということ、
第二に、手がける案件数が邦銀に比べて極端に少ないこと、
第三に、案件数や収益の変動が非常に激しいということ、
です。
一方で、日本系の投資銀行のM&Aの特徴は、外資系投資銀行の逆で、小型の案件を大量に手がけるところにあります。これは、日本中のネットワークから案件の依頼があるからです。銀行系の投資銀行にとっては、収益構造におけるM&A業務の相対的地位が低く、M&Aだけに頼る必要がないということもあります。
こうした外資系、日本系の大会社の系列に属する投資銀行以外にも、ユニークな戦略、サービスを展開する独立系投資銀行も近年業績を大きく伸ばしています。
具体的には東証マザーズに上場したGCAや日本M&Aセンターなどがあります。GCAは敵対的買収からの防衛策のアドバイスに特化し、業績を伸ばしました。M&Aセンターは全国の会計事務所・金融機関のネットワークを生かし、中小企業向けの友好的M&Aのアドバイスを行っています。
こういった独立系投資銀行が次々と誕生し、M&A業界に旋風を巻き起こしています。
投資銀行の業務
投資銀行とは、分かりやすく言うと、企業や機関投資家と資本市場を結ぶ業務を行っている企業です。投資銀行の基幹業務といえばM&Aを想像される方も多いでしょう。投資銀行の扱う業務の中で、M&Aは花形的存在です。
しかし、実は現在投資銀行の業務の中では、M&Aは相対的に地位が低下しています。LBO、証券化、プリンシパル・インベストメントといった業務のほうが利益率が高く、投資銀行は業務をシフトさせつつあります。しかし、これらの業務はM&Aに付随して発生することも多く、引き続き M&A業務は投資銀行の基幹業務にとどまると考えられます。
ここではM&Aのモデルケースを取り上げ、そこを中心に投資銀行の業務を眺めてみましょう。
1.M&Aチームの結成
M&Aの方針が決まった企業(仮にA社とします)から、投資銀行へ正式なアドバイザー依頼があります。
アドバイザーを依頼された投資銀行はA社のM&Aに関するチームを結成するか、既にA社内にM&Aチームがある場合はそちらへ参加します。アドバイザーとしての仕事は買収対象企業の選定、買収価格の算定、買収対象企業との交渉、M&Aに関する全体的な助言やM&A チームの取りまとめです。
また、この段階で、A社のM&Aに携わる会計事務所と法律事務所を決定します。会計事務所は買収対象企業の精査と税金関係の問題に対処します。法律事務所は契約書関係の問題を担当することになります。
2.買収対象企業の選定
M&AチームはA社のM&Aニーズに合った買収対象企業の選定に入ります。アドバイザーは投資銀行の人的ネットワークをフル活用して、適切な助言を行います。
3.買収対象企業との接触
情報収集買収対象企業の候補を絞り込んだら、それらの企業にアプローチを開始します。これも投資銀行の大切な仕事です。
最初はCEOやCFOなどのトップマネジメントに口頭でプレゼンテーションを行い、相手企業が興味を持つようであれば秘密保持契約を交わした上で詳しい説明を行います。投資銀行からは候補企業に買収検討のための資料を請求し、情報を収集します。
4.買収価格、形態、方法の検討
買収対象企業からの資料を基に、買収についての詳細を検討します。買収価格の算定のためにDCF方式(ディスカウンテッド・キャッシュフロー方式)を用いて企業価値を算定(バリュエーション)するのが一般的です。買収形態には、株式買収と資産買収とが存在し、場合に応じて使い分けます。買収方法には株式交換や現金買収があります。
ここでの検討には投資銀行の内部でもストラクチャード・ファイナンス、証券化、証券引き受け、シンジケートローンといったさまざまな分野の専門家が参加し、買収に関する具体的な事項について検討を重ねていきます。
5.基本合意書の締結
買収対象企業との交渉は売り手、買い手ともにアドバイザーを任命し、アドバイザー間で交渉することが一般的です。交渉においては買収価格、形態、方法のほかに、買収までのスケジュール、精査の進め方、買収後の経営方針や経営層、従業員の取り扱いなど広範な範囲を協議します。
協議を通して両社が基本的な合意に達すると基本合意書(letter of intent, LOI)が締結されます。基本合意書の中には法的拘束力を持つ条項が含まれる場合もあり、アドバイザーのほかに弁護士が作成に携わります。
6.事前精査
基本合意書が締結されると事前精査(due diligence)が開始されます。事前精査は買収対象企業を事業面、財務面、法務面、人材面などの、あらゆる面から詳細に調査する作業で、アドバイザー、弁護士、会計士等M&Aに関わる人たちがが総力を挙げて取り組みます。
事前精査で問題がなければ買収交渉が進められますが、何か問題が発見された場合買収条件に変更が加えられたり、最悪の場合買収交渉が白紙に戻ることもあります。
7.最終合意書の調印、クロージング
買収の条件が最終的にまとまると、最終合意書の形になって調印されます。A社にとって、M&Aのプロセスはここでほぼ終わりです。
しかし、投資銀行にとってはM&Aはここでは終わりません。買収代金を被買収企業に手渡さねばなりません。そのために、A社と協議して作り上げた買収のストラクチャー(仕組み)を完成させるプロセスが待っています。それが以下の業務です。
8.LBO
M&Aにおける資金調達にはさまざまな仕組みが使われます。こういった仕組みを用いた資金調達をストラクチャード・ファイナンスと呼びます。
M&Aにおいて、買収対象企業もしくはその一部を担保として融資を受け、買収を行うという手法があります。これがLBO(レバレッジド・バイアウト)です。
9.証券化
証券化はLBOと似ています。買収対象企業の資産の一部(土地や事業部)を担保として証券を発行することで、企業全体の財務状況に関係なく、優良な資産を担保に有利な資金調達を可能にします。
こういったLBOや証券化はM&Aに比べて料金体系を第三者が正確に査定することが難しいため、高利益率の手数料収入が見込める業務となっています。
10.証券引き受け
A社が買収実行時に株式や社債を発行したり、証券化を行うなど、なんらかの証券を発行する場合、投資銀行(や証券会社)が証券を引き受けることになります。引き受け部門はA社や買収対象部門等の関係者、金融当局と折衝を行い、発行に関する詳細を決定します。
11.シンジケートローン
シンジケートローンは複数の銀行が共同して同一の案件に融資を行うことをいいます。シンジケートを組むことで1社あたりの融資額を抑えてリスクを下げ、更に複数の銀行が集まることで大型の融資が可能になるというメリットがあります。こういったシンジケートローンの取りまとめも投資銀行の重要な業務の1つです。
12.プリンシパル・インベストメント
M&Aに関わる投資銀行の業務はアレンジメントだけではありません。投資銀行は自己資金による投資活動も活発に行っています。これがプリンシパル・インベストメントです。
プリンシパル・インベストメントはマーチャントバンキングとも呼ばれ、高収益を見込める分野に投資銀行が自己資金で投融資を行う業務です。ファンド等の他人資本ではないため、リスクが大きい案件、エグジット(投資の引き上げ)までのスパンが長い案件でも手がけられるという特徴があります。
組織の特徴
業務の内容だけが投資銀行を特徴付けるものではありません。投資銀行、特に外資系の投資銀行には”日本的”企業にはない特徴があります。
その一つは組織の活動における指揮命令系統です。一社員にとっては支店長よりも、自分が属する部門のヘッド(通常本社にいる)への報告が重要視されます。報酬等の決定も部門ヘッドが行います。支店長の役割は、支店における各部門間の調整と重要顧客とのコミュニケーションに限られます。
したがって、海外支店では支店長や営業部門のトップには現地人が採用され、資産運用等些細なミスが収益に直結する部門は本社からトップが派遣されることが多いです。これが投資銀行の慣習となっていましたが、各国の実情を業務に反映させる必要性から、近年は支店長と部門ヘッド双方の指示を受けるマトリックス・マネジメントが浸透しつつあります。
さらに、ROE(投資収益率)の考え方が深く根付いています。リスクとリターンを勘案し、リスクに見合ったリターンがない案件は決して認められません。重要顧客には身銭を切っても助けるという感覚は投資銀行には相容れないものです。
外資系投資銀行は”Up or Out”とも言われます。人材の募集があって就職したら、就職したポジションで力を発揮するか、発揮できなければやめるしかないということです。社内での配置換えといった柔軟な対応はなく、やるか、やらないかが非常にはっきりと問われる厳しい世界といえます。