ESG投資の進展とともに、TCFDへの対応が世界的にクローズアップされつつあります。わが国でも、2018年に経済産業省がガイダンスを公表したほか、環境省、国土交通省、農林水産省と、それぞれの分野において、TCFDに基づく情報開示のガイド等が相次いで発表されており、多くの民間企業が対応を迫られつつあります。
そうした中、2021年6月11日に、金融庁と東京証券取引所によって2021年改訂版のコーポレートガバナンス・コードが公開されました。新設された補充原則のうちの1つが、「情報開示の充実 ・サステナビリティへの取り組み、人的資本や知的財産への投資の開示(3−1③)」であり、特にプライム市場の上場企業は、気候変動に係るリスク等が自社にどのような影響を与えるかについて、TCFDの枠組みでデータの収集と分析を行い開示することが推奨されています。
TCFDとは?
TCFDとは、気候関連財務情報開示タスクフォース(The FSB Task Force on Climate-related Financial Disclosures)の略称で2015年12月に、金融システムの安定化を図る国際的組織である金融安定理事会(FSB)によって設立されました。
TCFDは、ESG要素に基づく投資が世界の潮流となる中でさまざまな検討を行い、その最終報告書として、2017年6月に気候関連財務情報の開示に向けた勧告を出したのです。
そのTCFDの勧告では、企業価値・事業売上・資金調達といった企業経営のあらゆる側面において、気候変動がリスクや機会になりうることから、気候変動がもたらすリスク(及び機会)を経営戦略にシナリオとして織り込み(「シナリオ分析」という)、適切にディスクローズすることが求められています。
この気候関連財務情報を開示する一連の手続きのことを、「TCFDへの対応」または単に「TCFD」と呼んでおり、次の4つの視点(要求項目)から取り組むことが推奨されています。
ガバナンス(Governance):
どのような体制で検討し、それを企業経営に反映しているか。
戦略(Strategy):
短期・中期・長期にわたり、企業経営にどのように影響を与えるか。またそれについてどう考えたか。
リスク管理(Risk Management):
気候変動のリスクについて、どのように特定、評価し、またそれを低減しようとしているか。
指標と目標(Metrics and Targets):
リスクと機会の評価について、どのような指標を用いて判断し、目標への進捗度を評価しているか。
このように「TCFDへの対応」とは、経営戦略におけるリスク管理の一環として、将来の気候変動が、事業に与えるリスクや機会を、戦略的・財務的なインパクトという観点から評価し、そのリスクや機会をどのように管理し、想定される影響にどのように対応し、どういう指標や目標で進捗状況をウオッチするかを、ESG重視型の機関投資家をはじめ、あらゆるステークホルダーに開示する、ということです。
「気候変動によるリスクや機会への対応」というテーマが、経営戦略分野では比較的新しいため、“TCFDが良くわからない”という印象を持つ方もおられますが、経営におけるリスク・マネジメント情報の開示と一環ととらえると、その重要性がお分かりいただけると思います。
なお、TCFD提言では、気候変動によるリスクや機会の例として、次のような内容が掲げられています。
TCFD提言による気候変動が経営に与える「リスク」
種類と定義 | 種類 | 主な側面・切り口の例 |
移行リスク 低炭素経済への「移行」に関するリスク |
政策・法規制リスク | GHG(温室効果ガス)排出に関する規制の強化、情報開示義務の拡大 等 |
技術リスク | 既存製品の低炭素技術への入れ替え、新規技術への投資失敗 等 | |
市場リスク | 消費者行動の変化、市場シグナルの不透明化、原材料コストの上昇 等 | |
評判リスク | 消費者選好の変化、業種への非難、ステークホルダーからの懸念の増加 等 | |
物理的リスク | 急性リスク | サイクロン・洪水のような異常気象の深刻化・増加等 |
気候変動による「物理的」変化によるリスク |
慢性リスク | 降雨や気象パターンの変化、平均気温の上昇、海面上昇 等 |
側面 |
主な切り口の例 | 財務影響の例 |
資源の効率性 |
・交通、輸送手段の効率化 ・製造、流通プロセスの効率化 ・リサイクルの活用 ・効率性のよい建築物 ・水使用量、消費量の削減 |
・営業費用の削減(例:効率化、費用削減) ・製造能力の拡大と収益増加 ・固定資産価値の向上(例:省エネビル等) ・従業員マネジメントの向上(健康や安全の向上、満足度の向上)とその結果としてのコスト削減 |
エネルギー源 |
・低炭素エネルギー源の利用 ・政策的インセンティブの利用 ・新規技術の利用 ・カーボン市場への参画 ・エネルギー安全保障、分散化へのシフト |
・営業費用の削減(例:低コスト利用) ・将来の化石燃料費上昇への備え ・低炭素技術からのROI ・低炭素生産を好む投資家増加による資本増加 ・評判の獲得、製品・サービスの需要増加 |
製品/サービス |
・低炭素商品、サービスの開発・拡大 ・気候変動への適応対策、リスク対応保険等の開発 ・研究開発・イノベーションによる新規商品・サービスの開発 ・ビジネス活動の多様化、消費者選好の変化 |
・低炭素製品・サービス需要による収益増加 ・気候変動適応ニーズの上昇による対応商品・サービスの収益増加 ・消費者選好の変化に対する競争力の強化 |
市場 |
・新規市場へのアクセス ・公的セクターによるインセンティブの活用 ・保険補償を新たに必要とする資産・地域へのアクセス |
・新規市場へのアクセスによる収益増加(例:政府・開発銀行とのパートナーシップ) ・金融資産の多様化(例:グリーンボンド、グリーンインフラ) |
強靭性 (レジリエンス) |
・再エネプログラム、省エネ対策の推進 ・資源の代替・多様化 |
・レジリエンス計画による市場価値の向上 ・サプライチェーンの信頼性の向上 ・レジリエンス関連の新規製品・サービスによる収益増加 |
TCFD提言による気候変動緩和策・適応策による経営改革の「機会」
これらの各要素を見ると、いずれも企業経営に具体的に影響を与える重要な外部環境要素であり、その対応を経営戦略に織り込んでおくことは、将来の経営環境の変化に柔軟に対応する上で必要不可欠なことであるとわかります。
TCFDへの対応は、単にESG選好型の投資家から評価を得るというメリットを得るだけではなく、不確実ではあるものの経営への影響が具体的である不安定要素に、先回りして適切に対応しておくことができる、という経営の持続可能性やレジリエンス(強靭性)をステークホルダーにアピールできる、という大きなメリットがあります。
昨今の異常気象の発生頻度やヨーロッパにおけるガソリン車の販売停止措置などを見ても、TCFDに対応しないこと自体が、大きなリスクになりつつあると言えるでしょう。
TCFDに特徴的な「シナリオ分析」という手法
TCFDに特徴的なのは、気候変動という、長期的で不確実性の高い要素が企業経営に与える影響を評価するために、「シナリオ分析」という手法が推奨されていることです。
通常は、例えば中期経営計画などを策定する際に5年後の予測(経営ターゲット)について何パターンもシナリオを立てる、ということは、適切なPDCAサイクルを回すためにもあり得ないことです。
しかし、気候変動は将来どのようになるかが不確実であり、1つのシナリオだけを採用してしまうと、かえって将来の変化に柔軟に対応できず、経営のレジリエンスが危ぶまれます。そのため、TCFDでは、複数のシナリオ(地上の平均気温上昇に関する複数の温度帯のシナリオ)を想定することが推奨されているのです。
シナリオ分析と気候変動リスクへの対応に係る情報開示に対応するための6ステップ
TCFDが提言するシナリオ分析は、6つのステップから成り立っています。TCFDへの対応が遅れている企業も、この6つのステップを順を追って取り組むことで、TCFD提言に基づくシナリオ分析と気候変動リスクへの対応に係る情報開示に対応できるのです。
ステップ1 / ガバナンスの整備
ステップ2 / リスク重要度の評価
ステップ3 / シナリオ群の定義
ステップ4 / 事業インパクト評価
ステップ5 / 対応策の定義
ステップ6 / 文章化と情報開示
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まとめ
ここまで、TCFDという気候変動リスクと情報開示について解説しましたが、国立環境研究所で公表されているSSP(気候変動研究で分野横断的に用いられる社会経済シナリオ;Shared Socioeconomic Pathways)では、格差の拡大や途上国における気候変化への脆弱性といった、SDGsにつながるシナリオが解説されています。
実際に、最近のEUでのガソリン自動車販売停止の動きや国際社会での新疆綿取扱い製品の排除に向けた強い規制などを見ていると、気候変動だけではなくSDGsの17領域全てへの対応を経営戦略に織り込んでおかないこと自体が、今後の国際社会での事業運営における大きな経営リスクとなりかねません。その第一歩となるのが、TCFD提言への対応だとお考えください。
TCFDへの対応は全社横断的な対応体制が望ましい
TCFDへの対応は、先に述べた6つのステップを着実に行うことによって、まだ取り組んでいない企業でも対応が可能です。しかし、社内のCSR部門や広報部門など一部門だけで対応を行うのは難しく、全社横断的な対応体制が望ましいでしょう。
必要であればSDGs専門家の採用も
ただし、TCFD提言についての理解はもちろんのこと、気候変動が与えるリスク・機会への知識やSDGsへの知見、そして何よりも事業構造や経営戦略に関する幅広い知識が必要です。そのため、適切かつ効果的に対応するには、社外取締役や顧問等でTCFD用にSDGs専門家を採用する方が効率的かもしれません。
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